昨日、NHKでこんな番組を見た。
クローズアップ現代(2013/11/5) 知られざる”同胞監視”
終戦直後、GHQが行なっていた検閲の事実を明らかにするという内容だった。
いくつか興味深い事実が報じられていた。例えば検閲の目的、
最終的にそれは「共産主義勢力の動向監視」に移行していったのだが、
検閲開始当初のそれは「闇市(闇経済)の動向監視」であったということ。
占領政策の円滑の遂行のためであろうが、「飢餓状態の国民に対して円滑な
占領(再建)は行なえない」という現実的な意思決定であったのだと思う。
このような興味深い情報が提示されていた番組だったが、ひとつ気がかりな点が
あった。その事実が終始否定的に論じられていたのだ。
GHQのCCD(民間検閲支隊)に勤め、郵便物の検閲に携わったひとが、
「自分の生活のために闇市を報告し、結果、同胞が逮捕される」という
良心の呵責に苛まれ、2ヶ月で退職した、とか、
事実を語り継ぐために当時の同僚に協力を呼びかけたが、誰も協力しようと
しなかった、とか。
反面、共産主義の動向に関しては積極的に報告され、
その報酬は実績に応じて上昇していった、というように報じられている。
当時行われた検閲は忌むべき行為であり、その結果検束された方々にも同情を
禁じ得ない。彼らの多くは万止むを得ず闇経済に頼らざるを得なくなった訳であり、
その原因は国が始めた無謀な戦争だった。いわば、彼らの多くは
「加害者であると同時に被害者」であったのだから。
しかし、そのような犠牲を産んだにせよ、それが食料管理の適正化を目的としており、
結果的に国民の飢餓状態の解消を早期に収束させることに資したであろうことは
想像に難くない。
すべての物事は功罪両面から見られなければならないと思う。
「目的のためには手段を選ばない」というのは当然忌むべき考え方なのだが、
手段の瑕疵が目的の重要性によって斟酌され、その正当性が相対的に評価される、
という考え方は時として容認されるべきではないだろうか。
誤解の無いようにしておきたいのだが、日本国憲法第21条第二項において
「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」
と明確に禁止されており、ぼく個人もそれは容認できない。
公権力による検閲、盗聴は思想統制につながる危険性を孕んでいる、
思想統制による「全体主義の悲劇」をぼくらはよく知っているはずだ。
だが反面、印象操作による「思考の偏り」も同じように危険であることも
知っている。
「特定秘密保護法案」が上程されようとし、NHK経営委員の人事に政府が
介入しようとしているこの時期に番組が放送されたことを残念に思う。
本来ならば功罪両面から掘り下げるべき問題だと思うのだが、クローズアップ現代
という30分枠になぜ納めたのだろう。NHKスペシャル程度のボリュームがあれば
もっと中立的に報じられたと思うのに。
いや、邪推はやめよう。印象操作となるおそれがある。
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