2013年11月30日土曜日

敵を知り己を知らば

きょう、こんなツイートを見かけた。

「戦争を叫んだり、あるいは、他のヨーロッパ諸国に
抵抗するように説いたようないきのよい政治家も、
実際には誰ひとりとして、フランス軍の現状について
顧慮してはいなかったのである」
――A.J.P.テイラー(フランス革命戦争を評して)
twitter:リアリズムと防衛のBOT

ぼくのブログのタイトル「巧言令色鮮し仁」というのは、
孔子の論語に出てくることばなんだけど、
孫子の兵法にも有名なことばがある。

「敵を知り己を知らば百戦して危うからず」 ということばだ。

これはその後に、「敵を知り己を知らざれば十戦に一勝を得」 と続き、
ここまで来れば既にご想像通り、最後に、
「敵を知らず己を知らざれば一戦とも危うし」 と結ばれる。

うん、「敵情の収集と同じくらい正確な現状認識も必要」 だよね、
なんて漫然と考えてたらこんなニュースが・・・

「中国戦闘機が緊急発進」=防空圏で「日米機確認」と主張-新華社報道

中国が一方的に設定した防空識別圏に空自、米軍ののべ14機(米軍の
偵察機2機と空自のE767、F15等10機の計12機という情報もある)が
中国空軍機がスクランブル発進した、というニュースだ。

仮に発表通り当初12機の軍用機が当該空域に居たとすれば、
P3、EP3、E767の非武装の偵察機、電子戦機に、1機あたり3機、
合計9機の制空戦闘機が護衛に付いた、という見方があり、
それ自体は特に問題とは思われない。なにしろ件の 防空識別圏 には
我が国の領空(尖閣諸島上空)も含まれている のだから。

ただ、これを「相手の見方」 に立って見ると、若干意味合いが変わってくるのだ。

ご承知の通り、我が国も中国も防空レーダー網が整備されている。
したがって哨戒飛行をせずとも領空に侵入しようとする航空機を(ある程度)探知できる。
しかも現代のレーダーは極めて高性能であり、飛来する機体の高度、速度、機種まで
レーダースクリーンに表示される。
今回も、こちらの機種、機数は事前に察知されていた であろう。

ただし、その様に高性能な防空レーダーシステムにも限界はある
例えば、飛来する戦闘機がF15であることは識別できるが、
それが 制空戦闘機のF15Jなのか、戦闘爆撃機のF15Eなのかの特定はできない
(あくまで「特定できない」ということだ、事前に収集したデータによって予測は出来るだろう)。
また、F15J戦闘機だと特定できたとしても、それが自衛用の対空兵装であるのか、
爆撃用の対地兵装であるのか、という段階はレーダーではとても識別できないだろう。

「要撃戦闘機であるF15Jに対地攻撃をさせるなどナンセンスだ」 という意見もあるだろう。
ぼくも同意見だ、何ら誘導機能の無い通常爆弾を、爆撃計算機能を持たない ほぼ純粋に
制空戦闘に特化されたF15J に搭載して爆撃をさせるなど 正気の沙汰ではないとさえ
思っている。

ただ、これは 我々の見方 だ、相手の立場に立てば、自国の領土を絶対に防衛するという
任務を持っている以上、ほぼゼロの可能性でも対応せざるを得ない。ましてや、今回の
ように強大な空域管制能力を持つE767機が随伴している となれば、その可能性も
相対的に増大してくる。
したがって、偵察の意味でも戦闘機部隊をスクランブル発進させて確認せざるを得ない。

そうして、ひとつの 空域に彼我双方の戦闘機が混在する 状況となれば、否応にも
相応の緊張状態が現出する。今回中国側が何機の要撃機を出してきたかは不明だが、
中国側発表の12機とこちら側の情報の14機が正確だとすれば、その差の2機は
「増援の戦闘機」 だろう、ということは当初の 想定より以上の緊張状態が生まれた
ことは想像に難くない。

今回の飛行計画は 「状況分析のための偵察的なオペレーション」 だったのだろう。
であれば、3機の偵察機に9機の護衛戦闘機という編成は 脅威的に過ぎる のでは
なかっただろうか。ご承知の通り、E767は強大な空域管制能力を有している。
ならば、該当空域に進入する護衛戦闘機は4機程度に止め、その代わりに空域外に
増援とする戦闘機を予め(訓練名目で)哨戒飛行させておく、というプランは無かったか。
そういう戦術的な拙さは無かっただろうか、もしそういう側面があったのならば、
それは 準備不足 に起因するものではなかったか。

今回、米軍の偵察機に米軍の戦闘機は随伴していない。だとすればそれは
「偶発的な武力衝突にエスカレートさせない」 ための非常にコントロールされた措置
だと思う。さらにそれは、米軍と航空自衛隊が高度な連携能力、強固な信頼関係を
有している という証明となり、それは 日米安保条約が有効に機能している ということの
裏付けであるという、明確なメッセージともなり得る。

であるとするならば、今回のオペレーションは単なる挑発行為ではなく、それだけ重要な
メッセージを込めたいわば プレゼンテーション だったはずなのだ。それならば、いや、
であればこそ、事前に周到な準備をするべきでは無かっただろうか。

敵(潜在的な脅威)を知ることは重要だ。だが、己を知る(省みる)ことも同じだけ
重要だと思うのだ。 「敵を知り己を知らざる」ことは、徒に勝ち目を下げる こととなる。

などと考えていたら、アメリカは、今回の中国側のスクランブル発進については
一切触れていない(ということは、否定も肯定もしていない )、日本政府は公式に
否定 した 。この3ヶ国の温度差は何を意味しているのだろう。

なんだろう、いやな胸騒ぎがする・・・























2013年11月26日火曜日

「国民の知る権利」についての雑感

以前、何気なくTVを見てたら「特定秘密保護法案」を「治安維持法」になぞらえて
報じていた(「なんちゃらペディア」ってコーナーね)。

治安維持法、かつて多くの人々を謂われない罪に問い、投獄した悪法
であったと言われている。

ご存じの方も多いと思うのだが、ある法案を「治安維持法の再来」と論じられるのは
しばしばある。例えば、平成11年に施行された「犯罪捜査のための通信傍受に関する
法律(通信傍受法)」、「破壊活動防止法(破防法)」が挙げられる。

そのどちらの法令も、その運用によっては国民の権利を阻害するおそれが高いが、
それ故か、概ね適正に運用されている。破壊活動防止法に到っては、あの、多くの
死傷者を出すに至らしめた数々の事件を惹起したオウム真理教(現アーレフ)にさえ
適用されなかったほど厳格に運用されているほどだ。

だが、果たしてこの「特定秘密保護法案」が、そのような厳格な運用を担保し得る
法案なのだろうか、それがこの件に関して論じることを逡巡させていた。

そんな折り、twitterでこんなツイートを見かけた。

三年前のあの事件のことを引き合いに、特定秘密保護法案に対して、
ああだこうだと言う人がいるが、当時、秘密でもなんでもないものを
隠蔽しようとした人たちは今、そのことには何も触れず屁理屈を付けて
反対しているのはどうなんでしょう。反対するなら真面目にしてほしい
(原典:twitter)

投稿したのは一色正春氏、元海上保安官の「sengoku38」氏といったほうが
いいだろうか。氏がツイートで「あの映像」「秘密でもなんでもないもの」と表現した
のは、「国民には知る権利がある」という前提に立ってのことだろう。

だが、あの「秘密でもなんでもないもの」が公開された結果どうなっただろうか。
尖閣諸島の問題が提起され、まず、東京都が尖閣の島を購入しようとした。
その後、当時の民主党政権があの島を国が購入し、国有地化した。
それによって、それまでグレーゾーンだった尖閣諸島海域は日中両国の間の
領土問題として顕在化してしまった。

もちろん尖閣諸島が我が国固有の領土であることに異を唱えるつもりはない。
が、あの海域が日中両国が「互いにあえて触れなかった懸案事項」であって、
「あの映像」公開がその「懸案事項」を「領土問題」として顕在化してしまった
ということは否めないのでは無いだろうか。

確かに基本的に「国民には知る権利がある」
だが、反面、「権利の行使は義務の履行に拠って担保される」ことも我々は
知っているはずだ。
何かを「知る権利を行使する」ということは、その結果に対する「義務を負う」
ことになるのでは無いだろうか。

では、今回の尖閣諸島海域の問題に対して我々国民は何かの「義務を履行する」
ことは可能だろうか、おそらく、何らかの有効な手段を提供することは出来ないはずだ。

「義務の履行」を担保できなければ、「権利の行使」も(ある程度の)制約を受ける。
それは受け入れざるを得ないのではないだろうか。そんなことも思うのだ。

「国家があなた達のために何が出来るかを問うのではなく、あなたが国家のために
何が出来るかを問うて欲しい」
(ジョン・F・ケネディ、1961年の大統領就任演説より)

(なお、ケネディは演説の最後を「私達があなた達に求めることと同じだけの
高い水準の強さと犠牲を私達に求めて欲しい」 と結んでいる)

それでは、また。
















2013年11月19日火曜日

こどもたちの未来

アイスランドで地熱発電が盛んに利用されていることで、賛否両論から議論が出ているらしい。

曰く、地盤沈下が深刻となる、水質汚染も問題だ、と。

ぼく個人の見解としては、そういう被害の発生やローインパクトに十分留意した上で、
地熱発電はもっと普及すべきだと思う。
地熱発電にはまだ発展する余地がある。次世代のマグマ地熱発電が実用化されれば、
原子力発電をリプレースできるレベルの発電量を確保できるという試算もあるくらいだ。

しかし、それを研究開発するためには、地熱発電についてのコンセンサスが必要だ。
そのためにも、地熱発電はより普及すべきだと思うのだ。

もちろん地熱発電だけが有力な選択肢でないことは論を俟たない。
北欧ではバイオメタンが普及している国もある、バスがバイオメタンで走っているほどに。
北見市長が提唱している炭層メタンも研究の余地があるかもしれない。
我が国の林業の衰退を思えば、間伐材を使用した木質バイオマス発電も普及の余地が
あるだろう。設置条件が合えば洋上風力発電の普及余地もまだあるだろうし、
パネルの改良による発電効率の向上くらいしか改善の余地がないと思われがちな
太陽光発電でも追尾式発電やパネルの配置で、さらに発電効率が改善できる余地はある。
長期的に見ればメタンハイドレートの利用も非常に有望視されている。

ただ、脱原発ありきで「じゃ火力でいいじゃん、GTCCならイケるじゃん」ていうのは違う
と思うのだ。GTCC(ガスタービン・コンバインド・サイクル)式火力発電が非常に効率的
であることは理解できる。
しかし、燃料であるLNGを輸入し、CO2を排出しながら発電する、そういう意味では
火力発電も原子力発電も本質的には変わらない。ならば、たとえば燃料コストを
下げるために、バイオメタンを利用してLNGと混燃させるということを模索すべく、
研究開発をすべきではないだろうか。
それに地熱発電や風力発電、太陽光発電等の再生可能エネルギー発電を
組み合わせればトータルの発電コストは低減できるはずだろう。

だが、そういう声はほとんど聞かれない。LNGの需要急増による年間数兆円もの
コストを「安全のためのコスト」として多くの人たちが容認している。

そんな人たちは往々にして、脱原発を「こどもたちの未来」のためと主張する。
だが「こどもたち」のことを思うのであれば、彼らの未来のための投資も重要なはずだ。
そして、そのためには、そのための財源を確保する必要がある。

その現実を論じない脱原発は、真にこどもたちの未来のためになるとは思えないのだ。
自らの不安を紛らすためにこどもたちの未来を引き合いに出しているようにさえ思えて
しまうのだ。

2013年11月12日火曜日

軍隊と消防

猛烈な威力の台風30号がフィリピンを襲った。
まずもって、犠牲となられた方々のご冥福と、被災された方々が一日もはやく
復興を遂げられることをお祈りいたします。

この件でtwitterでこんなツイートを見かけた。全国で講演をされている危機管理
専門家の方だそうである。

以下引用

フィリピンが台風の被害で惨状の憂き目に遭っている。
毎回の事だが、日本政府は緊急援助隊の派遣が遅れた。
医療班が3日経った今日、現地入りする。外務省は何を
やっているのか!自衛隊の派遣を考慮中と言うが、
消防隊の派遣が先だ。自衛隊を送りたいがために
消防隊を送らなかったとしたら、許せない。
https://twitter.com/asaikuniomi/status/400016035761651712

引用終わり

確かにもっともな話だ、自衛隊よりも消防の方が災害救助については専門家
であるから。また、救命救急に関しては消防よりも医療関係者の方が専門的である。
したがって、自衛隊(他国においては軍隊)よりも医療関係者、消防職員を優先的に
投入すべきである、といえる。
にもかかわらず、なぜ往々にして軍事関係が投入されるのか。
それは軍事組織は「自己完結性」を有する、ということに尽きるだろう。

医療、消防、警察、そのすべては専門性において軍事組織(我が国においては自衛隊)
を凌駕する。だがしかし、それは国家、自治体といったインフラによって支えられている。
彼らが「すわ鎌倉」と被災地に赴いても手持ちの資機材、燃料等が枯渇すれば
たちまち立ち往生してしまう。せっかく投入したリソースが塩漬けになってしまうのだ。
今回災害緊急援助隊の投入に3日を要してしまったのも、ホスト国の受け入れ体制に
ついてのコーディネイトに時間を要した、ということなのであろう。

対して、自衛隊や軍隊は、ある程度の自己完結性を持っている。
国家レベルの有事の際には既存のインフラが機能しないことは容易に想定される。
だから、自衛隊にも資材、燃料等の物資を輸送する輸送部隊や、資機材が故障した際、
自前で整備するための整備部隊、行動する拠点を構築、維持するための施設部隊等
の「後方支援部隊」が存在する。
そのような自己完結性は被災地支援においても有効に機能するのだ。

東日本震災の際、米軍が甚大な浸水被害を被った仙台空港をごく短期間で
仮復旧させたことは記憶に新しいが、彼らはまず空挺降下して復旧に着手した。
そこまでの即応性は他の組織には望めない。

米軍がこのような災害支援において、海兵隊が優先的に投入されるのも、
海兵隊が即応性を追求するために自己完結性が最も高い、という理由であろう。

言うまでもなく、被災地において人命救助は最優先事項である。
だが同様に、消防や医療が活動を継続するためのインフラの復旧、
あるいは仮設インフラの構築も重要なことであるはずだ。

「自衛隊(軍隊)は軍事組織」という固定概念に捉えられていては、
ときに本質を見誤ってしまう、と思うのだが、どうだろうか。

それでは、また。














2013年11月6日水曜日

検閲

昨日、NHKでこんな番組を見た。
クローズアップ現代(2013/11/5) 知られざる”同胞監視”

終戦直後、GHQが行なっていた検閲の事実を明らかにするという内容だった。
いくつか興味深い事実が報じられていた。例えば検閲の目的、
最終的にそれは「共産主義勢力の動向監視」に移行していったのだが、
検閲開始当初のそれは「闇市(闇経済)の動向監視」であったということ。

占領政策の円滑の遂行のためであろうが、「飢餓状態の国民に対して円滑な
占領(再建)は行なえない」という現実的な意思決定であったのだと思う。

このような興味深い情報が提示されていた番組だったが、ひとつ気がかりな点が
あった。その事実が終始否定的に論じられていたのだ。

GHQのCCD(民間検閲支隊)に勤め、郵便物の検閲に携わったひとが、
「自分の生活のために闇市を報告し、結果、同胞が逮捕される」という
良心の呵責に苛まれ、2ヶ月で退職した、とか、
事実を語り継ぐために当時の同僚に協力を呼びかけたが、誰も協力しようと
しなかった、とか。

反面、共産主義の動向に関しては積極的に報告され、
その報酬は実績に応じて上昇していった、というように報じられている。

当時行われた検閲は忌むべき行為であり、その結果検束された方々にも同情を
禁じ得ない。彼らの多くは万止むを得ず闇経済に頼らざるを得なくなった訳であり、
その原因は国が始めた無謀な戦争だった。いわば、彼らの多くは
「加害者であると同時に被害者」であったのだから。
しかし、そのような犠牲を産んだにせよ、それが食料管理の適正化を目的としており、
結果的に国民の飢餓状態の解消を早期に収束させることに資したであろうことは
想像に難くない。

すべての物事は功罪両面から見られなければならないと思う。
「目的のためには手段を選ばない」というのは当然忌むべき考え方なのだが、
手段の瑕疵が目的の重要性によって斟酌され、その正当性が相対的に評価される、
という考え方は時として容認されるべきではないだろうか。

誤解の無いようにしておきたいのだが、日本国憲法第21条第二項において
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」
と明確に禁止されており、ぼく個人もそれは容認できない。

公権力による検閲、盗聴は思想統制につながる危険性を孕んでいる、
思想統制による「全体主義の悲劇」をぼくらはよく知っているはずだ。
だが反面、印象操作による「思考の偏り」も同じように危険であることも
知っている。

「特定秘密保護法案」が上程されようとし、NHK経営委員の人事に政府が
介入しようとしているこの時期に番組が放送されたことを残念に思う。
本来ならば功罪両面から掘り下げるべき問題だと思うのだが、クローズアップ現代
という30分枠になぜ納めたのだろう。NHKスペシャル程度のボリュームがあれば
もっと中立的に報じられたと思うのに。

いや、邪推はやめよう。印象操作となるおそれがある。








2013年11月5日火曜日

閑話休題(小咄その一)

ちょっと前、昔の自衛隊の話をしました。
昔の自衛官は、いまとすこし違っていた気がします。
なにか「防人(さきもり)」を演じているような感じ、
もっともぼく自身がそうであったからそう感じていたのかもしれませんが。

いま振り返ると、それは、いまのように自衛官という職業が十分な市民権を得て
いなかったようなこと、自衛隊が、ときとしてこの国にとっての一種の「鬼子(おにご)」
のような受け入れ方をされていたことにすねていたのかもしれません。

当時、多くの国民にとって自衛官は「国を護る人たち」ではなく「台風や洪水の時に
土のうを積みにくる人たち」といったイメージがあったように思います。

災害派遣活動は国民の生命、財産を守るための重要な任務です。それは間違い
ありませんが、ともすれば、それが主任務というように捉えられてしまいがちなことが、
まだ若かったぼくには抵抗がありました。

そういうような背景もあって、今にして思えば不謹慎なところもあると思いますが、
ときに災害派遣の際の出来事を笑い話のように話したことがあります。
もちろん、「かなり盛った」話もありましたけれどね。

たとえば、こんなような話。

あるとき、大雨で自衛隊が災害派遣に出動しました。
ただ、そのときは折悪しく現地に到着した際には大雨被害のピークは
過ぎていました(緊急避難的な側面の強い災害派遣活動においても、
自衛隊は基本的に独自の判断で出動することはできません。
都道府県知事の要請を受けてからしか出動することはできないのです)。

活動中、地元の青年が声を荒らげました。

「自衛隊は何で今頃になってのこのこ出てくるんだよ!」

それを聞いていたお婆さんが

「そんなこと言うもんでねえ、自衛隊さんはようやってくれとる。
見てみい、あんな作りかけの飛行機でも来てくれとるでねえか」

お婆さんの指差す先には・・・




お婆さん・・・お言葉は誠にありがたいのですが、 あれは完成品 です(´・ω・`)

みたいなヽ(=´▽`=)ノ





2013年11月1日金曜日

にっぽん(のある人たちの)昔ばなし

そういえば先日、「とある参議院議員のセンセイ」が台風で被災した大島を
視察なされて、そのスタッフ様のおひとりが災害派遣活動中の自衛官をご覧になりながら

 「人を殺したいって言って自衛隊になってる人もいるんですかね」

というやや失礼(まあ「礼儀」というものがハナから無ければ「失礼」ということばは成り立たない
訳なんですけどね)なおことばを仰せになられたらしいのですが、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

いま、自衛隊(自衛官)はマスコミも含め、国民に概ね好意的に受け入れられている
のですが、実は昔は残念ながらそこまででもありませんでした。
きょうはその頃のお話を致しましょう。

ぼくが勤務していた30年ほど前、あるいはぼくの先輩方が入隊された40年ほど前、
自衛隊の志願者は地方の次男、三男がかなりの比率を占めていました。

ぼくが部隊に配属されたとき、先輩方から

「何?たじま長男なの?それも名古屋から自衛隊に入ったの?
おまえよっぽどどうしようもない奴だったんだな」

などという容赦無い エールを贈られた ものです(そこまで言わなくてもねえ・・・
実際どちらかというとそういうタイプだけど)。

また当時はソヴィエト連邦解体前、東西冷戦が(細々と)続いていた時期で、
そのせいか、国内の景気がまだ良かったからか、自衛隊(特に陸上自衛隊)は
「万年人手不足」のような状態でした。
たとえば、陸自の定員が18万から16万に削減されるとき、「これは防衛力の
低下につながるのではないか」と質問した記者に防衛庁の広報担当官が
「いまでも15万5千しか充足してなくて16万になってもまだ定員割れなんですが」
と居直るようなぐらい。

そんな状況だからなのかどうかかはわかりませんが、試験を受けて昇任しようという
隊員が少ないような時期もあり、部隊長や先任は昇任希望者を募るにも腐心していた
ようです。たとえば・・・

中隊事務室

「T士長、部外研修に参加しないかね、勤務を休んで研修に行けるぞ」
「(仕事休めるのは魅力だな)ああ、はい」
「よし、じゃあ今度の研修はT士長に行ってもらおう、社会勉強もたいせつだからな」
「了解(よし、たまには羽根を伸ばしてくるか)」

研修当日、夕刻、営内班居室

「ただいまー、あー楽しかった」
「あ、T士長、おかえりなさい」
「ああ、ただいま・・・ん?」

(ベッドの上に見覚えのない徽章が・・・)

中隊事務室

「T士長、入ります。自分のベッドにこの様なものが」
「おお、T士長!候補生指定おめでとう!頑張りなさい!」
「えええっ!?」

というような 「アメリカの軍隊ものコメディ」 みたいなドラマ(暗闘)が
ときに繰り広げられていたらしいですwww


このような時代を経て、自衛隊が現在の市民権を得るに至ったのは、
カンボジアPKOに始まり、イラクやゴラン高原でのPKO、PKF活動、
国内での阪神淡路大震災、東日本大震災に代表される災害支援活動で、
ぼくたちの先輩方、後輩たちの、ときに身命を賭した普段の努力が実った
結果、彼らの汗と(ときに涙の)結晶なのです。

そのような努力を、国民の代表の協力者たちに省みられることがなかったことを、
ぼくは悔しく思います。悲しく思います。

それでは、また。