こんなツイートがあった。
自国の歴史の汚点に対して、どうしようもない嫌悪感を抱きながら、
それでも愛着を捨てられないというのに共感する。
無謬の日本でないと愛せない、自国の歴史の汚点を知れば、
子供たちも決して日本を愛せないだろう、という発想は、
幼稚としか言いようがない。
(原典:twitter)
同意を覚えた。
ぼくは、この国の過去にも、現在にも瑕疵はあると思っている。
それは、かつて不完全であって、かつ、現在においても不完全だ、
と言い換えてもいいだろう。
この、かつて不完全であり、そして今もなお不完全なこの国は、
この国と同じように不完全なぼくを形作ってくれた。
ぼくはそのことに感謝をしているし、ぼくを形作ってくれたこの国が
永らえることを望んでいる。
それがぼくの愛国心というものかもしれない。
もちろん、不完全なぼくは、この国にも、この国の仕組みにも、
そしてぼく自身にも満足をしていない。
人間というものはおおよそそういうものなのだろう。
ただ、その原因をこの国やこの国の仕組みにのみ荷担することは
適切ではない、そう思っているんだ。
では、また。
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